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ふくしま人
半谷貞辰(はんがいていしん) 浪江から福島へ 陶芸家の友情が繋いだ大堀相馬焼の火
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東日本大震災での半谷窯 東日本大震災での半谷窯
先達窯(せんだちがま)工房 半谷夫妻と清水文博さん
先達窯で最初に作られた大堀相馬焼 窯
先達窯ギャラリー 先達窯から望む福島盆地
 福島市の西の郊外、通称高湯街道、またはスカイライン通りと呼ばれる県道70号線を福島盆地の西へ進んだ在庭坂。吾妻スカイラインへ向かう山の麓に差し掛かった高台に、丁度近くの先達山(せんだちやま)の麓にあることから、先達窯(せんだちがま)と名付けた陶芸工房があります。窯元は1971年に開窯(かいよう)した福島市の陶芸家、清水文博さん。先達山から採れる良質な磁器原料カオリン質陶石を使い、福島ならではの焼き物を作りたいとの思いから、独特の淡い色合いの釉薬(ゆうやく)が美しい陶磁器を作り続けています。
 昨年の5月、先達窯の清水さんの元を訪れたのが、今回「ふくしま人」へご登場頂いた大堀相馬焼半谷窯(はんがいがま)16代目窯元、半谷貞辰(はんがいていしん)さん。半谷窯は、大堀相馬焼の始祖、江戸時代元禄年間の相馬藩士半谷休閑(はんがいきゅうかん)の分家末裔にあたり、約320年の伝統を誇る窯元で、青ひび・走り駒・二重焼の伝統的な相馬焼の他、奥様の菊枝さんと共に、椿や野の花をモチーフにした新しい意匠の作品を作り上げ、これからまた新しい挑戦をと思っていた矢先、昨年3月の東日本大震災で2階建ての作業場と、代々受け継がれてきた登り窯が全倒壊し、続く原発事故で浪江町から全窯元の避難が余儀なくされ、「窯元が途絶えてしまうのでは」と強い不安を覚えながら、会津若松、会津東山温泉、裏磐梯と県内の避難場所を転々とし、私用で訪れた福島市で、「せめて陶芸仲間に元気な姿を見せたい」と、旧知の間柄だった先達窯の清水さんの元へ立ち寄りました。
 「裏磐梯のペンションへ避難をしていた当時、益子や青森の友人から誘いもありました。また、避難をしている産地(浪江町)の仲間が仕事を再開したという話しも聞こえてきました。父親が福島市の老人施設へ入っていることもあり、遠くへは移れない事情もありました。40年の間、焼き物の仕事を続けてきて、他の仕事に変わってもできる自信がありませんでした。昨年の5月、福島の父親の見舞いの途中に清水さんの先達窯を訪ね、その時、“窯も道具も提供できるので、是非ここを使ってほしい”の申し出を頂き、その時はまた同じ仕事を続けることができると、妻と二人で本当に喜びました。」
 ゼロからのスタートでも、また夫婦で作品が作れると、お二人は希望を感じたと話し、7月上旬に裏磐梯の避難場所のペンションから福島へ住まいを移し、浪江町の自宅に一時帰宅して陶芸用の道具や材料を運び出し、また以前のように先達窯で焼き物作りを再開しました。
 昨年の10月21・22日には、清水さんの陶芸仲間で続けてきた研究会の作品展「新しいスタート福島の陶磁器展」にも出展し、菊枝さんの得意とする椿の花を絵付けした記念すべき福島での作品も展示され、お二人は再び土と向き合える幸せをあらためて噛みしめたと話します。
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